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tensyu_photo福島県と新潟県の県境の山間に、昔からそばの里として親しまれた宮古という集落があります。
飯豊連峰の自然にはぐくまれた空気と水に良質のそばが採れ、地域の人たちは常食としてきました。
宮古ではおよそ20余年前に宮古手打そば保存会が発足し、13軒の民家がそれぞれに座敷を開放し、お客様に宮古そばを提供してきました。
そして、かわまえも開店以来たくさんのお客様に愛され、今日まで皆様に育てていただきました。
これからもたゆまぬ努力をし、皆様に愛され、喜ばれる宮古そば作りに精進してまいりたいと思います。

店主敬白


そば口上

東西、東西ととめおきまして、お客様の前をはばからず 失礼さんでございます。私は東京は浅草三丁目で、そば屋稼業を営む そば屋の奴でございます。
本日はご当家○○様の婚礼と承りまして昨夜より急行に急行をかさね 只今もって参上いたした次第でございます。
まず、目録と申し上げますれば、そばにはいろいろございますが、拙者 訥弁ながら概略だけを申し上げます。さて、このそばは春早く土用に種を播き、土用土用と言いましても年に三回、中の土用に種を播き 種は三日四日にして、その芽は生え、芽を生えては丈をなし、丈をなしては枝をなし、枝をなしては天子様の御紋にさも似たり。
一丈さしては、少納言、二丈さしては、中納言、三丈さしては、大納言、四丈の丈となりぬれば、十六、七の姉さんが、赤地の腰巻 ほおかぶり、いや間違うた、間違うた、白地の手ぬぐい ほおかぶり、赤い襷をあやどりて、黄金の鎌にて刈りとられ、モンブツ棒の手にかかり、車や石臼の目をくぐり、粉はフルイにかけられて、水とお湯とでこねられて、正方なる欅の板にのせられて、正直棒の手にかかり、丸くうすくのばされて、駒と包丁の手にかかり、七、五、三へときざまれて、アーリャ石川五右衛門じゃあるまいに釜入れまでもさせられて、流れの水で清められスイノウの情によって すくい上げられ、ようよう後段のそばとなりぬれば
一つ ひまない この奴
二つ ふたをば しゃんと とり
三つ 見事な このそばよ
四つ よその お客さん
五つ いつでも あるそばよ
六つ むしょうと あがらんしょ
七つ 名代のこのそばよ
八つ 奴が 売りにきて
九つ ここらで ご相伴
十で とっくりおあがりとう存じ奉ります。
さあてさて、お値段と申し上げますれば、ただの一膳がたったの十六文、二膳が三十二文、お勘定はと申し上げますれば飯豊の山の雪の消える頃、また家の前にかかりたる石橋のくさる頃、ある時払いの催促なし、ドーンとお貸し申し上げますれば、どうぞ、ごゆるりとお上がりとう、存じ奉ります。

お知らせ

このたびの大規模地震による災害に際し、お見舞いを申し上げます。
当店は幸い地震も原発も何の影響もなく元気に営業致しております。
力を合わせて復興に頑張りましょう。(2011-04-01)
かわまえ
  • 国道459号線宮古トンネル開通しました!
    2008年11月27日(木)開通致しました、今までより大型バス等のアクセスが大変便利になりました。

 

懐石そば かわまえ
〒969-4104 福島県喜多方市山都町宮古4575番地